『スペインのサッカー選手は育成年代にサッカー選手としての『型』を徹底的に指導される。大人になると自由にプレーする。』
『日本のサッカー選手は育成年代で自由にプレーをさせる。大人になると『型』にはめようとする。』
これはサッカー日本代表監督を務められた岡田武史さんがある対談記事の中で話されていたエピソードです。
以下記事抜粋(記事元)
岡田武史(以下:岡田):
まず、日本のサッカーの問題がどんなところにあるのか、いろいろな面から考えてみたんです。その時に、出発点となった話があります。ある時に、たまたまスペインのある有名なコーチと話していたら、彼がこう言うわけです。「スペインにはサッカー選手のプレーモデルがある。日本にそれはないのか?」と。プレーモデルとはつまり、日本でいう「型」のようなもの。それがスペインのサッカーにはあるのだそうです。これには正直、驚きました。竹下 :意外な話ですね。
岡田:われわれはずっと、サッカーは型にはめてはいけないスポーツだから、コーチングでも指導を極力、質問形式で行うような形をスタンダードとして考えていました。ところが、あれだけ自由奔放にプレーしているスペインに型がある、と聞き、大きな衝撃を受けた。その型についてよく話を聞くと、いわゆる共通認識のような「型にはめる」型ではなく「それを16歳までみっちりとやって、その後は自由にさせる」ということでした。実は昔から、日本の指導方法はどこかおかしいと思っていたんです。子どものころは遊ばせておこうとばかりに自由にプレーをさせる。それが大人になると、いきなりああしろこうしろ言う。これは逆じゃないかと、ずっと思っていた。それで、そのスペインのコーチの話を聞いた時、やっぱり! となったわけです。
竹下 :16歳を超えてから、初めて自由を与えてプレーさせるということですね。
岡田:ただ闇雲に自由を与えられても、そこから本当のすごいプレーが生まれるわけではない。何のルールもない自由から、本当の自由な発想、驚くようなイマジネーションは出てきません。教えられた何かしらの縛りがあり、それを破って、出て行く、かつて日本にあった「守・破・離」。すなわち、最初は師匠の教えをとにかく守り、ある時にそれを破り、離れていく。この部分が必要なんです。日本人は大人になってから「こうやれ」とモノを教えると、そのメソッドにとらわれ過ぎる傾向がある。サッカーでいえば、一番大事な「戦う」ということ忘れ、頭でサッカーをやってしまう。それで戦う気持ちが見えないから「戦え」と言うと、今度はガチャガチャな試合になってしまう。でも、16歳までに型に沿った基本をある程度身につけておけば、その辺でもバランスよくやれるんじゃないかと思います。それともう一つが、型があれば、何かがあって歯車が狂ってしまった時にそれがよりどころになる、ということ。日本人は、すべてがうまくかみ合った時はものすごく強いんですよ。例えば2006年ドイツ・ワールドカップの前に、ドイツ代表と戦った時の日本には「こんなに強いんだ」と驚かされました。
『守・破・離』とはいい言葉ですね。
これは、我々トレーナーが心がけている工程と似ていると思います。
・身体の構造や動かし方を伝える。怪我をしない土台を作る。
・その人にあったトレーニングをする。健康で動ける体を作る。
・それを駆使してスポーツやレクリエーションに励む。人生を謳歌する。
僕がお客様に携わる際、施術方法はその都度状況に応じて変えて行います。それは施術は一種の『表現』だと思っているからです。
そのベースには『人の身体構造は神秘的だが進化はせず不変である』『アスリートだからといって筋肉が1本多いということはない』という考えがあります。
『身体の構造や運動学』を理解しそれに則って施術を行えれば、手技だろうが鍼だろうが機械だろうが、一定の効果が出ると思っています。
ただ決められた手技を作業のように行うことを『クリエイティブ』には感じません。
基礎のベースがなく自由に施術するのは、ただの『適当』だと思います。
ヒトの構造や運動の『型』を理解し、
どうすれば『お客様の目標』を達成できるか、そこから『試行錯誤し』とことん『追求し』『表現していく』ことが『クリエイティブ』であり
そこに『やりがい』を感じ続けながら成長していきたいと思っています。
『徹底的に努力したものの先にクリエイティブがある』
Personal Face Trainer
-木村祐介-